流行してんのはウィルスだけじゃないよね。世俗の気分というのはこんな呑気な中年男にも少しは伝播するものでありまして。かつて読んだ「ペスト」という小説の内容が今の世界の混迷と符合するっぽいから読み返してみよ〜、などと思い立った次第です。乱れきった自分の本棚をひっかきまわすよりまず、ネットで検索してみたら、同じように考える輩がいるもんですな。こんな地味な文学作品がアマゾンでも入荷待ちという異例の事態。
もはや古典とも言えるペストの作者はフランスのノーベル文学賞作家・アルベールカミュで、代表作「異邦人」が有名。異邦人は自分も高校時代に繰り返し読んで影響を受けた小説であります。北アフリカのアルジェリアが舞台。太陽に目が眩んだからという、冷めた動機で殺人を犯した主人公ムルソーが死刑宣告に至るまでのお話です。死刑囚となったムルソーが懺悔の祈りを拒み、神父にブチ切れるクライマックスに圧倒されます。どこかピカレスク的な魅力のあるキャラクターで、徹底的に自分本位な人生哲学と乾いた物言いに感化されて、随分とアパシーな青春を送る羽目になりました。ムルソーが大好きなミルクコーヒーも飲んでましたし。今思うと若者特有のノイローゼみたいなもんですが、そんな勘違いも今じゃ懐かしい迷走の日々。
ペストに関しては、異邦人のあと、次は長編作に挑もうってんで、購入した記憶があります。新潮文庫の厚い銀色の背表紙に恐れをなしながら。これ、学校サボって五稜郭公園のベンチで読んでたんだよなー。朝、家を出ても授業に出るのがバカバカしく、だからといって仲間とつるんで遊ぶわけでもなく、黙々と独り文庫本を繰っている日々でした。それも結構、雪の積もっている時期だったですよ。当時の高校生は高価なダウンジャケットなど持っているはずもなく、薄手のジャンパー1枚羽織った少年、今思うとよく外の寒さに耐えられたもんだと我ながら感心します。「僕らは薄着で笑っちゃう」って清志郎の唄がありましたが、若い頃は薄着でも平気で冬の街を闊歩していたもんです。いまのヤングたちが高価な極寒用のダウンジャケットを気軽に着こなしているのを見ると隔世の感がありますな。ペストは異邦人の3倍くらいの長さあるんですが、展開がよりドラマチックで読後感は異邦人よりも清々しい感じがしたような・・・。もう30年近くも前の読書体験で、ほぼ忘れかけているので、この機会に再読しようと思ってんですけども。
カミュは世の中の不条理を描き続けた作家と言われていますが、実はそれがいまいちピンとこなかったんですよね。当時、不条理と言えば吉田戦車の「伝染るんです」とか、ガロ系の「不条理マンガ」が人気で、高校生の自分もその手のわけわかんない類いが好みだったんで、そんな先入観からすると随分印象が違うなーという感想でした。そもそも文学はシリアスな観念性を重宝するし、ギャグ漫画は意味不明な展開で脱力させるのが真髄ですからねー。そこらへんの溝はのちに出会うサブカルチャーの数々が、体系的につなげてくれた感じがしますが。ざっくり包括すれば、それは非論理的な事象に潜む真実をつかみ取ろうとする姿勢というか、世間の常識や道徳など既存の圧力に対する知的な抵抗というか、それらがどこかシュールで難解な形をもって表出する現象なんですかね。いずれにしても「だからどうした」あるいは「これでいいのだ」っていう、開き直り?不敵な態度というかね。それが共通する魅力だったのかもしれん。カミュが扱っている不条理はその中でも世界観がより深刻な感じがしますけども。そりゃノーベル賞になるくらいの文学ですからね。
話は変わって展覧会の案内。昨年参加した福島での「オダカート」展なんですが、秋に終了したと見せかけて、実はまだその時の作品群を会場に常設展示しております。このたび10年目の3.11に寄せて、オダカート特別展と銘打って10日間ほど再開します。こんなご時勢なんで大きく宣伝することもなく粛々と執り行っていますが、私はちょっとナイーブな新作2点を追加展示しています。お近くの方は寄ってみて下さい。